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	<title>江口克彦公式サイト・思い固めて。 &#187; コラム</title>
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		<title>4.地域が変わる、地域から変える</title>
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		<pubDate>Fri, 13 Apr 2012 01:30:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第17章　地域主権型道州制の実現を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[地域主権型道州制を導入することで、どのような変化が期待されるのだろうか。 ひとつは、日本経済の底上げである。日本経済の停滞が続いているため、疲弊する地方だけでなく、一極集中でこれまで唯一繁栄してきた東京の国際的地位やブラ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>地域主権型道州制を導入することで、どのような変化が期待されるのだろうか。</p>
<p>ひとつは、日本経済の底上げである。日本経済の停滞が続いているため、疲弊する地方だけでなく、一極集中でこれまで唯一繁栄してきた東京の国際的地位やブランド力が低下してきている。このままでは日本経済の地盤沈下が進行する恐れすらある。グローバル化が深化していくなか、競争力を高め、全国各地が活気づかなければ、近い将来のうちにも日本経済は弱体化していくだろう。</p>
<p>地域主権型道州制を実現していくことで、東京だけでなく全国各地、少なくとも十数カ所に繁栄のための拠点をつくることとなる。地域主権型道州制は、州首都を中心とした中央集権体制ではない。地域の特徴を備えた多様な主要都市がいくつも存在するPolycentric（多中心）型都市構造が前提となる。つまり、地域特性に応じて権限や拠点などが分散し、ネットワーク化されていくため、各州によって資源・構造・機能も大きく異なっていく。こうした地域特性を強みに、州や基礎自治体は、よりよい地域社会をつくるための「善政競争」をしていくことが期待されるのである。</p>
<p>州などが拡大された条例制定権、法律修正要請権、徴税権などの権限と自主財源をもつことで、たとえば、顧客主義の観点から他州より法人税率を下げて企業誘致を進めたり、人やモノ、情報など多様な資源と投資を地域に呼び込んでいくなど、これまで地方自治体だけでは不可能だった取り組みができるようになる。地域の創意工夫により、日本全国で機動的かつ多様な経済活動が展開され、他州との競争と共創を通じて相乗効果をもたらせば、結果として日本全体を活性化させることが期待できるのである。さらに、グローバル化を踏まえ国際都市も多数形成し、地域の国際競争力を強化していけば、厳しい国際的な都市間競争で生き残っていく地方都市も登場する可能性がある。</p>
<p>もうひとつは、州や基礎自治体が地域のあり方を、地域の特性やニーズを背景に自己責任をもって決定するようにすることで、これまでの「国の支配、自治体の依存」という歪な関係を清算するきっかけになる点である。</p>
<p>これまで、官僚が情報を独占して政策の企画・立案など、政策決定プロセスを独占してきた。地域主権型道州制の導入により、州や基礎自治体が競合していくことになれば、政策の立案・実施・評価の全プロセスにおいて、官と官、官と民、民と民のそれぞれが、否が応でも競合せざるをえなくなるだろう。国民と政治の距離が縮まることで、官僚による独占的な政策管理は難しくなり、国民の政策決定プロセスへの参加が容易になっていく。こうしたなかで、行政や政治は、国民への説明責任も問われることとなるだろう。</p>
<p>また、日本の官僚組織は、権限を上部組織に集中させ、そこで下された決定を下部組織に命令伝達するというピラミッドのタテ型統治構造で成り立っている。そのうえ、組織の細部にまでこの構造が組み込まれている。このため、中央・地方の公務員は、規則万能、責任回避、秘密主義、画一主義、権威主義、自己保身、形式主義、前例主義、セクショナリズムといった「官僚主義」に陥りがちである。</p>
<p>変化が現場で常に起き、情報を共有しながら迅速かつ柔軟に意思決定していくことが求められている今日、こうした中央集権の階層化された統治構造では、機能不全に陥ってしまうのは必然である。州や基礎自治体がお互いに競いあい、地域のニーズに対応していくには、官僚主義を排し、公的機関もフラットなネットワーク型統治構造へと変化することが求められているのである。</p>
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		<title>3.地域主権型道州制を</title>
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		<pubDate>Wed, 11 Apr 2012 01:30:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第17章　地域主権型道州制の実現を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[明治維新以来続いてきた中央集権的な国家の統治システムから、地域が自己責任と独自の判断に基づいて政策を展開していく地域住民主体の体制へと根本的に変えていくため、「地域主権型道州制」の導入を提案したい。 地域主権型道州制とは [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>明治維新以来続いてきた中央集権的な国家の統治システムから、地域が自己責任と独自の判断に基づいて政策を展開していく地域住民主体の体制へと根本的に変えていくため、「地域主権型道州制」の導入を提案したい。</p>
<p>地域主権型道州制とは、官主導の中央集権体制を前提に４７都道府県の合併により広域ブロックにまとめる「中央集権型道州制」や、国の出先機関を統合する「国主導型道州制」、アメリカのような各州が独自に憲法や軍を持つ連邦制ではない。地域主権型道州制は、中央政府の解体再編を前提に、地域に密着した地方政府を複数つくっていくという現行の日本国憲法下で実現可能な改革である。</p>
<p>具体的には、都道府県を解消して道州をつくり、市町村を広域化して新しい基礎自治体（市）をつくり、国を含めた三層制にすべきだろう。これまでのような中央集権体制における国と地方といった上下・主従の関係ではなく、役割を分担しあう自立した行政という対等関係としていく。</p>
<p>地域主権型道州制では、Subsidiarity（国の政府は地方レベルでできない活動にのみ管轄権を行使する主義、小さな政府主義、規制緩和主義）の原則に立つ。つまり、国民ができることは国民が担う。国民ができないことは基礎自治体が、基礎自治体ができないことは道州が担っていくという、地域から国へと役割分担を決めていく補完性の原理に基づくのである。</p>
<p>このことから、地域主権型道州制の制度設計は、地域に密着した生活行政を国民にもっとも近い行政単位の基礎自治体が担うという、近接性の原則に基づいて行われるべきである。まず基礎自治体、道州、国という行政単位それぞれの役割分担をしっかり行い明確にしたうえで、これまで内政全般に関与してきた国の権限と財源を道州や基礎自治体（市）に移譲する。こうすることで、それぞれの行政機関が独立した権限と税財源をもつようになるのである。</p>
<p>まず基礎自治体は、これまで市町村が担当してきた業務のうち、企業やＮＰＯなどに民営化あるいはアウトソーシングできるものはしていく一方、都道府県で行ってきた生活関連行政も含め、社会福祉（高齢者福祉、児童福祉など）、消防・救急、保健衛生、教育文化、地域振興、まちづくり、公害対策など担うことが可能な生活関連行政は、全て担うようにする。</p>
<p>国民に最も近い基礎自治体は、地域に密着したサービスが求められる分、全国である程度均一な人口単位、もっとも効率的な行政単位に再編すべきである。財政的自立と民主主義の拠点という２つの条件を満たす観点からみて、基礎自治体の人口規模は、１人あたりの行政コストがもっとも低下するといわれている１５万～４０万人規模が望ましい。ただし、地域によっては広域化する地域もあるため、市の内部に行政センターを配置、もしくはＩＴを活用することで行政サービスの低下を防ぐことも検討すべきだろう。また、基礎自治体は、顧客主義の徹底の観点から地域のニーズやシーズに柔軟に対応しつつ、自己責任で選択と集中を行っていく必要があるだけに、大幅な権限と財源の移譲も必要である。</p>
<p>こうすることで、地域が自由で独創的な活動が展開できるようにし、地域の人々の生きがいや満足感を生む行政サービスが行われていくべきだろう。</p>
<p>一方、財源や立法などの権限を国から大幅に委譲する道州は、道路・空港・港湾などの広域社会インフラ整備、科学技術振興・高等教育、域内経済・産業の振興、対外経済・文化交流、雇用対策、域内の治安・危機管理、リージョナルな環境保全、広域的な社会保障サービス（医療保険）といった広範囲の公共サービスや仕組みづくりを担当する。</p>
<p>より広域の自治・行政組織を導入するため、道州の人口規模は、現行の都道府県・市町村をゼロベースで見直し、７００万～１０００万人をベースに、１２州に再編してはどうだろうか。７００万～１０００万人は、財政的自立が可能となりうる規模をみるうえで、経済社会として同等のレベルのＥＵ加盟各国の人口規模がひとつの目安となる。また、世界第３位の経済大国である日本は、地域経済圏でみた場合、経済圏それぞれがＥＵ１国に匹敵する経済規模、人口、面積を有している。国際競争力を維持するうえでの日本１州あたりの経済規模は、アメリカ１州あたりのＧＤＰ２５００億ドル～ＥＵ１国あたりのＧＤＰ４５００億ドルの規模であれば、世界の上位で十分通用するだろう。なお、１２州の区割りはどのように行うのか、さらに国民の意見、識者の意見も十分に反映し、最終的な結論を得ていくべきだろう。</p>
<p>そして、国は、道州で担うことが困難な外交・国際協調、国家安全保障・危機管理、通貨・金融、通商政策・資源エネルギー政策、国家戦略、必要最小限の所得再分配・セーフティネットなど、国家として最低限必要なことに限って担当すべきである。</p>
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		<title>2.地方自治体の「租税権」回復を</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Apr 2012 01:30:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第17章　地域主権型道州制の実現を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[このように地方分権改革が一進一退を繰り返しているのは、国と地方の財源問題や地方自治体への重要権限の委譲を先送りにして進めてきたところに大きな問題がある。依然、これらの権限や財源は、中央集権体制を維持したい中央官庁に握られ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>このように地方分権改革が一進一退を繰り返しているのは、国と地方の財源問題や地方自治体への重要権限の委譲を先送りにして進めてきたところに大きな問題がある。依然、これらの権限や財源は、中央集権体制を維持したい中央官庁に握られたままとなっている。</p>
<p>地方自治体の歳入は、地方税、地方交付税、国庫支出金のほか、借金にあたる地方債が８～９割を占めている。このうち、地方税だけが地方自治体の自主財源で、残りの地方交付税や国庫支出金などは、国からの交付金・補助金である。つまり、地方自治体の税収の多くが、国からの財政移転に依存している。</p>
<p>そのうえ、自主財源である地方税も、地方税法によって税目が定められており、地方自治体の自主裁量権は、実質的にほとんど認められていないに等しい。税率についても、税目によって上限が設定されている制限税率や、特定税に対して一定の率を定める一定税率など、地方自治体が変更できないものもあるが、基本的には、国の定める標準税率に基づいて地方自治体が設定することになっている。ただ、地方自治体が標準税率を下回る税率を設定した場合、国は地方交付税や補助金を減らしたり、地方債発行を制限したりするなどの制裁措置をとることが多い。</p>
<p>国が、地方税における地方自治体の課税自主権を制約してきたのには理由がある。人口数や平均所得など、地域によって税収差が生じやすい。実際、東京と沖縄では１人あたりの税収額に約３倍以上の差が生じている。そのうえ、日本の税制は、各税目で国・都道府県・市町村が重複して課税している場合が多い。もし、こうした税制のもと地方自治体の課税自主権が拡大すれば、地域によって受益・負担の均衡が崩れ、地域間の税収格差がひろがる可能性もある。こうした税収格差を抑制する理由から、地方税に関する地方自治体の課税自主権を制約してきたのである。</p>
<p>地方自治体は、国に財政面を依存し続ける限り、責任をもって地域経営をしていくことはできない。まず地方交付税と国庫支出金を廃止して、国からの補助金に依存する体質を改めるべきである。</p>
<p>地方交付税は、国税として国が徴税し、各地方自治体の財源不足額に応じて交付するもので、地方自治体の財政保障、地方自治体間の財政調整を担っている。地方自治体への交付金額は、地方自治体の意思がほとんど反映されることなく、国が一方的に決定しているため、多くの地方自治体は国の意向に従わざるをえなくなっているのである。</p>
<p>一方、国と地方自治体が協力して事務や事業を行うための国庫支出金も、国が地方自治体の活動の一部を負担するために交付しているため、国・都道府県・市区町村の責任の所在が曖昧となるだけでなく、国から細部まで使途の条件がつけられるなど、地方自治体の自主的な運営も阻害している。特に国が行う直轄事業では、その地方自治体に一方的に負担金を求め、業務の下請けとなってしまうケースも多い。この結果、手続きも煩雑になるうえ、中央省庁のタテ割り行政の弊害もあって、行政の簡素化・効率化が妨げられている。さらに国庫支出金の配分をめぐっての地方自治体による陳情など、利益誘導の温床にもつながっている。</p>
<p>したがって、地方交付税と国庫支出金を廃止して、地方自治体の自立性を高めていくべきだろう。ただし、地方自治体全体の歳入総額の約２割を地方交付税が占めており、大多数の地方自治体が地方交付税頼みの歳入構造となっているだけに、廃止だけでは地方財政が立ちゆかなくなる可能性が高い。</p>
<p>このため、税源を国・都道府県・市区町村に区分けし、独自の財源を確保できるよう、地方自治体の租税権（課税自主権・税率決定権・徴税権）を回復すべきである。具体的には、地方税法を廃止して、地方税は地方の裁量と責任で決められるようにするのである。税の性質に応じて税源を分離する原則があるが、日本では、同じ課税ベースから、国・都道府県・市区町村が税収を分けあっている。これでは、国・都道府県・市区町村それぞれが提供する行政サービスに、どれほど自分が負担しているのか納税者に分かりにくい。国は、受益と負担の関係を曖昧にすることで、自らの仕事を増やしてきた。その結果、効率の悪い公共投資を進めるとともに、効果の低い公共サービスを生む一方、増税などの国民負担を増やしてきたのである。</p>
<p>行財政にかかわる受益と負担の結びつきを明確にするために、国・都道府県・市区町村それぞれが担うべき役割をしっかり仕分けし、その役割に準じて財源が設定されるべきである。そのなかで、各機関が自由に税目や税率を決定できるようにしていくべきだろう。こうすることで、納税者も、税金がどのように使われているかをチェックすることが可能となる。「ニア・イズ・ベター」といわれるように、決定者と実行者、受益者と負担者の距離を近づけていくことで、ムダを極力排除し、しっかりとした効率的かつ効果的な行政運営が求められるようになるのではないだろうか。</p>
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		<title>1.一進一退の地方分権改革</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Apr 2012 05:25:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
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		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[人、モノ、金、情報が不足していたかつての日本は、明治維新以降、わずかな資源を効果的かつ効率よく活用していくため、政府を中心とした中央集権体制を構築してきた。戦後日本は、首都圏に主要企業など経済・産業資源を集中させ、国が基 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人、モノ、金、情報が不足していたかつての日本は、明治維新以降、わずかな資源を効果的かつ効率よく活用していくため、政府を中心とした中央集権体制を構築してきた。戦後日本は、首都圏に主要企業など経済・産業資源を集中させ、国が基幹産業を育て、企業が貿易を通じて生産物を海外に積極的に輸出していくことで経済を急成長させてきた。実際、約１６２万企業のうち約１７％が東京に集中し、東京近郊を含めると３割を超えている。また、売上高トップ１００社のうち７１社が東京で、上場企業の約半数が東京に本社を置いている。</p>
<p>持続的な経済成長が達成でき、財政も比較的余裕があった高度成長期などには、官主導の護送船団方式による経済社会システムが十分な効果をあげてきた。政府は、それ以降も、経済の発展により得られた富を地方に分配していく税財政システムを通じて、どこでも同じ行政サービスが受けられるようにし、国が補助金を拠出し地方が実施することで全国一律の社会資本を整備していったのである。</p>
<p>しかし、国民生活や文化などの水準が向上し、キャッチアップ型からフロンティア型へ、物的豊かさから質的豊かさにシフトして、価値観が多様となるなど、社会基盤の前提条件が大きく異なってきている。また、日本経済は、かつてほどの成長は見込みにくくなっているうえ、人口減少と少子化、高齢化といった課題にも直面している。こうしたなかで、中央集権の官僚システムは、もはや制度疲労を起こしている。地域ニーズに合致しない全国画一的な公共投資が進み、地方の特性に応じた発展をむしろ阻害している。また、非効率かつ効果の小さい行政サービスも増えてきた。その結果、財政が肥大化し赤字累積しているのである。</p>
<p>また、活況ある東京とその近郊に人・モノ・金・情報が過度に集中している一方、地域経済は疲弊し、若年層を中心に人口流出も止まらないなど、東京との地域間格差が開いてきている。実際、東京に次いで都市規模の大きい大阪府でも、経済は低迷し、人口流出がおきている。人口が首都圏や政令指定都市などに移動していくことによって、地域産業の活力が低下、需要も増えないという悪循環に陥っている。</p>
<p>実際、地方では、後継ぎ問題や地域経済の地盤沈下により廃業を余儀なくされるほか、起業率より廃業率が高い状況が続いている。地方の中核市でも、駅前の商店街が軒並み閉店し、シャッター通りといわれるほどのところも多い。まして、小規模な地方都市ほど衰退は著しい。道路や新幹線、航空など社会資本整備が進み、都市間移動がしやすくなったことで経済圏が拡大し、主要都市へ人・モノ・金・情報がより集中するストロー現象が起きているのである。</p>
<p>このほか、行政単位（市町村、都道府県）が小さすぎるという問題もある。現行の行政単位は、徒歩や馬での移動を前提につくられたものであるため、交通インフラや情報通信技術（ＩＴ）が高度に発達し国民の経済圏・生活圏が拡大している今日、物理的に狭すぎるといっていいだろう。また、人口減少が進むなか十分な行政サービスを提供できなくなる恐れがある一方、環境規制や観光振興、廃棄物処理、救急医療といったより広域な政策課題も増えてきており、多様なニーズやシーズに対応していくためにも、現行の行政単位では限界がある。このことから、規模の小さい都道府県をより広域的な圏域に再編し、より実態に即した活動を可能とする行政機構の確立が必要となっている。</p>
<p>こうした現状に対応していくには、もはや中央集権によってナショナルミニマムを追求していくのは限界がある。まして、地方の特性に応じた発展を実現していくためには、厳しい財政状況のもと、権限と財源を備えた地方自治体が創意工夫をもってメリハリの利いた支出を行い、責任ある住民ニーズに即した多様な行政サービスを提供していくべきだろう。つまり、これまで３割自治と揶揄されてきたように、交付税制度や補助金制度などによって実質的に国の下請けをしてきた地方自治体は、大きく変わることが求められているのである。</p>
<p>このことから、各地域が住民自治のもと、選択と集中による地域経営に取り組めるよう、これまでにも地方分権改革が進められてきた。１９９９年の地方分権一括法では、国の関与を必要最小限に留め、地方自治体の自主性・自立性に配慮する観点から、国の仕事を地方自治体が代行する機関委任事務の廃止や必置規制の緩和、権限の移譲（国から都道府県、都道府県から市町村へ）などが進められた。また、財源面では使途を限定しない法定外普通税が総務省の許可制から事前協議制に変更され、地方自治体は、特定目的の法定外目的税を設けることもできるようになった。</p>
<p>しかし、国が主要税源を握っている構造は変わらず、法定外普通税も法定外目的税も、課税対象がほとんど制限されている。地方税収額全体の0.3％にも達していない。つまり、権限の委譲が多少、進んでも、地域に必要な政策を裏付ける財源において、地方自治体の課税自主権は限定的で、実質的に裁量で決められる独自の税財源が掌握できない状況にある。これでは、地方自治体は裁量権を拡張しても、国から地方への税源移譲が十分ではないなど財源の裏付けがなく、自主的な裁量による地域経営ができる状況にはとてもならなかったのである。</p>
<p>また、小泉内閣で、国庫補助負担金の廃止・縮減、税財源の移譲、地方交付税の見直しを一体的に行う三位一体の改革が進められた。これにより、国庫補助負担金から約4.7兆円を、地方交付税から約5.1兆円を削減した一方、地方自治体に約３兆円の税源が移譲された。国から地方へ配分される補助金を減らし、地域の自主財源を増やす点で意味はあったが、削減額の約9.8兆円に比べ、地方自治体に委譲された税源が約３兆円と少なかった。そのうえ、地方自治体への大幅な権限委譲とのセットで進めなかったために、実質的に財源だけが減少することとなった地方自治体にとって、かえって厳しい状況に陥ってしまったのである。</p>
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		<title>4.国会議員の定数削減を</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Apr 2012 01:30:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第16章　国会議員の定数削減を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[こうした選挙制度改革とセットで、国会議員の定数削減も進めていくべきである。選挙制度改革なしに比例代表区の定数削減で行えば、一票の格差が比較的小さく、死票も少ない比例代表制の利点が損なわれる可能性が高いからである。 国会議 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こうした選挙制度改革とセットで、国会議員の定数削減も進めていくべきである。選挙制度改革なしに比例代表区の定数削減で行えば、一票の格差が比較的小さく、死票も少ない比例代表制の利点が損なわれる可能性が高いからである。</p>
<p>国会議員の定数は、公職選挙法４条で衆議院が４８０人（小選挙区３００人・比例代表１８０人）、参議院が２４２人と規定されている。道州制の導入も視野に地方分権を進めていくことを考えれば、国が扱うべき事案は、通貨・マクロ経済や外交・防衛、社会保障のナショナルミニマムに留め、それ以外の行政機能は原則、地方政府にすべて移管すべきである。それを前提にすれば、いまの国会議員の定数は多すぎだろう。衆議院議員が３００人、参議院議員が１００名（任期６年・半期ごとの半数改選は現行通り）で十分である。</p>
<p>議員定数を削減すれば、多様な国民の声を反映しにくくなるとの批判がある。その根拠にあげられるのが、日本は、人口１００万人あたりの国会議員数がヨーロッパ主要国より少ないという点である。確かに、先進主要国の国会議席数を人口１００万人あたりでみてみると、日本は、米国より多くヨーロッパ主要国より低い。</p>
<p>ただし、ナショナルミニマム案件しか扱わない米国連邦議会と比較するのは妥当でないとしても、ヨーロッパ主要国と単純に比較して、議員定数の削減は多様な国民の声を反映しにくくなるとの主張には無理がある。各国の政治制度、国政が扱う政策課題、国会議員に求められる役割などは、決して同一ではない。また、人口１００万人あたりの国会議員数が最も高いイギリスでは、近年、貴族院改革や、多すぎる下院議員の定数削減が課題となっている。一部では下院議員の定数を１０％削減すべきとの見解もでてきている。</p>
<p>そして、議員定数の削減は、本当に多様な国民の声を反映しにくくなるのだろうか。国会議員が多いほど、多様な価値を採決において示したり、政策形成にインプットしやすくなる可能性はあるだろう。しかしそれは、あくまで可能性の話にすぎない。国会議員数が増えるほど、国会活動で多様な国民の声を反映しているという比例関係も成り立っているわけではない。<a href="http://eguchikatsuhiko.com/main/wp-content/uploads/2012/03/20120404.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-990" title="20120404" src="http://eguchikatsuhiko.com/main/wp-content/uploads/2012/03/20120404.jpg" alt="" width="500" /></a></p>
<p>問題は、多くの国会議員が民意を的確に把握し、国民の多様な価値を採決においてしっかり示すことができていない現状にあるのではないだろうか。だからこそ、多くの有権者が、国会議員は民意に耳を傾けず、報酬にふさわしい働きをしていないと感じ、政治に不信感を募らせているのである。このことは、有権者と国会議員のコミュニケーションがうまくいっていないこと意味しているだろう。国会議員を増やしたところで、有権者と国会議員のコミュニケーションが機能していなければ、多様な国民の声は政治に反映されていかないのである。</p>
<p>国会議員は、資金面でサポートしてくれる後援会組織などの支持者の声に対して耳を傾けることはあっても、無党派層などの声はしばしば軽んじる傾向がある。日常生活が忙しく政治のチェックに時間を取りにくい有権者にも、国会議員側から法案実績や取り組んでいる政策課題とその主張等をわかりやすく整理して配信するなど、もっと有権者とのコミュニケーションを大切にし、説明責任と情報開示を果たすべきだろう。</p>
<p>また、国会議員数が少なくなれば、有権者も国会議員の働きぶりや、民意をどれだけしっかり把握できているかなどをチェックしやすくなる。有権者と国会議員とのコミュニケーションを積極的に展開し、議員活動の「見える化」が進められていくことで、採決の際、国民の多様な価値が国会議員によってしっかり把握されていれば、議員定数の削減で１議席あたりの人口規模が大きくなったとしても、それほど問題にはならないはずである。</p>
<p>　一方、財政の緊縮化・効率化を理由に、国会議員の定数や議員報酬の削減を求める主張も聞かれる。しかし、これも適切とはいえない。</p>
<p>議員定数を衆議院３００名、参議院１００名にして、衆参合わせて３２２議席を削減した場合の議員削減効果は、２００億円程度になる。国会議員１人に国庫から支払われる額（政党助成金額を除く）は、議員歳費月額１３０万１０００円と期末手当約６３５万円、公設秘書３人の給与が月約２０００万円、文書通信交通滞在費が月１００万円、１議員あたり立法調査費が月６５万円で、その合計額は約６１７６万円である。これに対し、月額１割カット・期末手当廃止の場合、議員報酬の削減効果は約５７億円＜（156.12万円＋期末手当約６３５万円）×７２２議席＞である。つまり、月額１割カット、期末手当ては十分とはいえない。消費税を含む増税を国民に納得してもらうため、国会議員みずからが身を切るという演出効果以上の意味はない。国民も、国会議員の報酬削減論が単なるパフォーマンスにすぎないこと見透かしている。</p>
<p>国会議員に対して支払われる額が安易に削減された結果、国民の代表として担うべき立法・政策活動がおろそかになったり、政治活動に必要な資金集めに奔走することにでもなれば本末転倒である。国民の多様な価値を政治に反映し、具現化していくためにも、いま以上に国会議員の立法・政策活動や有権者とのコミュニケーションを強化していくことが求められる。そうした機能を強化するため、議員定数削減などで浮いた財源を原則、立法・政策活動に充てていくべきである。</p>
<p>特に、政策スタッフの充実は必要である。法案審査など立法・政策活動は、国会議員だけで行っているわけではない。民意把握から政策立案・立法作業、法令逐条チェックなどの幅広い政策実務を多忙な国会議員に代わって担い、国会議員の的確な政策決定をサポートしうる政策スタッフも重要である。</p>
<p>国会議員の下には、政策担当秘書を含む公設秘書が３名のほか、国会議員が私費で雇う私設秘書がいる。国会議員によほど経済余力がないと、私設秘書は数人程度が限度だろう。海外と比較して、日本はスタッフが圧倒的に少ない。そのうえ、国会議員の秘書は、国会議員のあらゆる活動を網羅的にこなしているケースがほとんどである。特定分野に精通した政策専門家が国会議員の政策スタッフとして従事していることは、ほとんど稀といってもいい。国庫から給与が支払われる公設秘書は政策スタッフのみを対象とするなど、立法・政策活動にかかる経費に対する手当のあり方を見直し、充実を図っていくことも検討すべきだろう。</p>
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		<title>3.いまこそ選挙制度改革が必要</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 01:30:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第16章　国会議員の定数削減を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[選挙制度の見直しは、多様な国民の声を反映する選挙制度を前提に、１票の格差を小さくし、有権者にとってわかりやすい選挙制度にしていくことが重要である。 まず衆議院選挙は、小選挙区制と比例代表制を並行して行う小選挙区・比例代表 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>選挙制度の見直しは、多様な国民の声を反映する選挙制度を前提に、１票の格差を小さくし、有権者にとってわかりやすい選挙制度にしていくことが重要である。</p>
<p>まず衆議院選挙は、小選挙区制と比例代表制を並行して行う小選挙区・比例代表並立制ではなく、「小選挙区・比例代表併用制」に変更してはどうだろうか。</p>
<p>小選挙区比例代表併用制と、現行の小選挙区・比例代表並立制は、有権者は２票を有し、比例代表では政党に投票し、小選挙区では個人候補に投票する点において違いはない。比例代表制は、有権者の死票が大量に発生する小選挙区制と異なり、全国区やブロック制など大選挙区を前提としているため、一票の格差による定数是正の必要が比較的少なく、死票も少ない。また、小選挙区では議席確保が難しい中小規模の政党にも得票率に比例した議席を与えることができ、大政党の専制を抑止する効果もある。小選挙区制と比例代表制を組みわせることで、有権者の民意を正確に反映しやすくなるのである。</p>
<p>さて、並立制と併用制では、小選挙区制と比例代表制の比重の置き方などに違いがある。</p>
<p>並立制は、小選挙区制と比例代表制の２種類の選挙制度が存在しており、それぞれの選挙結果は一方の選挙結果に影響を及ぼさない仕組みとなっている。ただ日本の場合、小選挙区候補者も比例代表名簿に登載できる、いわゆる重複立候補を認めているため、この２つの制度が部分的に連動している。このため、小選挙区で落選した候補者が比例代表制で復活当選する、いわゆるゾンビ議員が登場する。また、小選挙区で有効投票総数の１０分の１の得票を得られないと復活当選資格を失うため、個人的な集票行動に走る傾向が強く、政党主体の投票という比例代表制の特性が活かしきれていない。この結果、小選挙区に比重を置いた制度となっている。</p>
<p>これに対し、併用制は、小選挙区制の要素を加味した比例代表制である。併用制では、全ての政党投票数を合算し各党の議席数に変換したうえで得票数割合に応じて各選挙区に議席配分される。こうすることで、区割りの影響を受けず、各党の議席数は全国での総得票数のみで決定できる。また、有権者は、誰を当選させるか選ぶことができるため、より民意に近い議席配分となるともいわれている。</p>
<p>小選挙区に重点をおいた現在の小選挙区・比例代表並立制では、１票の格差が問題となるたび、区割り調整や定数是正を行っていかざるを得ない。１票の格差問題を解消していくためにも、ニュージーランド議会などが採用している、比例代表制に重きをおいた併用制に変更すべきである。少なくとも併用制に変更することにより、選出議員あたりの人口格差は小さいものとなるはずである。また、３００選挙区の区割りは、明らかに細分化しすぎであり、選挙区の見直しを難しくしている面もある。１選挙区の人口は、５０万人程度を基準に、小選挙区のあり方を抜本的に見直すべきだろう。</p>
<p>一方、みんなの党は衆議院議員の選挙制度改革案として「『一人一票』比例代表制（ブロック単位）」を提唱している。この案において、有権者は政党名又は衆議院議員比例代表のブロック毎に各政党が示す非拘束名簿に登載された候補者名を投票する。当選者決定の際は、まず、各党の得票を全国単位で合算し、比例代表制で各政党に議席を配分する。次いで、各政党別に、ブロック毎の各党得票数に応じて、各政党に配分された議席をブロック毎に配分する。各ブロックでは候補者名票が多い順に当選者を決定することになる。</p>
<p>本案のメリットとして、全国単位の比例代表制により各政党に議席を配分することから一票の格差が生じないこと、ブロック単位の配分議席数が得票数に応じて決定されることから、区割りに関する恣意性が排除されること等が挙げられている。なお、衆議院の定数は180削減し、300とすることも提案されている。この提案が、あるいは最も一票の格差是正に適しているかもしれない。</p>
<p>参議院選挙は、衆議院選挙において設定されている１１ブロックの比例代表制で実施してはどうだろうか。１票の格差を構造的に生みだしている都道府県単位の選挙区は廃止し、全国区の比例代表制も廃止する。その際、有権者が当選させたい候補者を選ぶことができるよう、比例代表制のもとで実施されている非拘束名簿方式は、今後も継続すべきである。</p>
<p>制度によって選挙区を区切る以上、１票の格差を完全になくすことは難しい。このことから、１票の格差問題を解決するためには、イスラエルやオランダのように、全国区の比例代表制にして議席を投票者数に比例して配分、もしくは全国区の大選挙区制にすべきとの主張もある。かつて日本でも８０年までの参議院選挙（定数１００議席、半数改選の５０議席）は、全国区で行われてきた。</p>
<p>しかし、参議院選挙を全国区の比例代表制のみで行うと、候補者は全国各地を回ることが必要となり、選挙費用のかかる選挙となる。国の面積がそれほど大きくなければ問題となりにくだろうが、日本では、移動コストが非常に多くかかってしまう。候補者も乱立するため、有権者からみて、わかりにくい選挙となる。このため、組織力のある候補者や知名度の高い候補者などに有利に働き、政策主体の選挙とはほど遠い選挙となってしまうのである。</p>
<p>このことから、衆議院選挙において設定されている１１ブロックでの比例代表制にする。地域特性に考慮しつつ、道州制の実現を視野にいれた場合、ブロック別で実施したほうが適切だろう。ブロック単位であれば、全国区で実施するよりも、選挙費用を低く抑えることができる。</p>
<p>ブロック別にみたとき、１票の格差は生じる可能性はあるが、いまほど大きなものになる可能性は低い。場合によっては、２倍以下に抑えられる可能性もある。また、あわせて参議院議員を大幅に削減すれば、ブロックごとの候補者数が多くなることもないだろう。</p>
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		<title>2.構造的問題を抱える参議院の１票の格差</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 01:30:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第16章　国会議員の定数削減を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[また、参議院選挙にも１票の格差は存在する。２００９年９月、最高裁は２００７年の参議院選挙区選挙の１票の格差をめぐる訴訟について、議員１人あたり人口の最大格差4.8倍は合憲としつつも、「投票価値の平等という観点からは、この [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>また、参議院選挙にも１票の格差は存在する。２００９年９月、最高裁は２００７年の参議院選挙区選挙の１票の格差をめぐる訴訟について、議員１人あたり人口の最大格差4.8倍は合憲としつつも、「投票価値の平等という観点からは、この定数配分規定の下でもなお大きな不平等が存する状態であり、国会において、速やかに、投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて、適切な検討が行われることが望まれる」と付言している。</p>
<p>人口が最も少ない鳥取県の有権者１人が投じる１票は、最も人口が多い東京都の有権者4.8人が投じる票数にほぼ等しく、地方の意見が反映されやすい状況に拍車をかけている。にもかかわらず、最高裁が合憲と判断したのは、参議院選挙区選挙の場合、最大格差６倍程度までは合憲との基準を示しているからである。</p>
<p>では、なぜ最大格差の基準が衆議院選挙小選挙区制より参議院選挙区選挙のほうが高いのか。</p>
<p>衆議院と参議院は、異なった構成で成り立っている。衆議院には、内閣総理大臣の指名、内閣不信任決議、予算の議決、条約の承認など、参議院よりも優越性が認められえいる。一方、参議院は、こうした政権選択にとらわれずに審議しうる「良識の府」と位置づけられている。また、法律案議決において衆議院には相対的優越はあっても、その審議や憲法改正案の議決などにおいて、衆議院と参議院は対等である。このため、衆議院で可決した予算や法律案を参議院で再審議することで、衆議院の多数派による専制を阻止し、多角的に民意を反映しうる「再考の府」ともなっている。</p>
<p>こうしたことから、衆議院（任期最長４年）には解散があり、参議院には任期６年で任期途中での解散がない。また選挙制度も、細分化された選挙区から代表１人ずつを選ぶ小選挙区制をメインにした衆議院選挙に対し、参議院選挙はよりひろい都道府県単位（定数１～５）の選挙区から選ぶ大選挙区制が採用されている。衆議院選挙は民意の影響を受けやすい性格をもつ一方、参議院選挙はより包括的な地域代表を選ぶという、それぞれの役割に応じた選挙制度となっているのである。</p>
<p>実は、この都道府県単位（定数１～５）の参議院選挙区が、１票の格差をつくりだしている大きな要因である。参議院選挙は、半期ごとに総定数（２４２議席）の半数ずつが改選されるため、改選議員数１２１議席のうち比例代表（４８議席）を除いた７３議席を都道府県単位の４７選挙区に割り振っていく。都道府県には人口の多い県と少ない県があるため、選挙区ごとに議員定数を設定した時点で、１票の格差は生じてしまうこととなる。人口の少ない都道府県（２４選挙区）は改選１議席となり、与野党が１議席を争うことにもなっている。</p>
<p>こうした１票の格差をつくりだす構造的問題に対し、これまで参議院は、断続的に参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に専門委員会を設置して議論を重ね、１９９４年に８増８減、２０００年に定数削減、２００６年には４増４減の定数調整を実施してきた。これまで議員定数の増加や、人口の少ない鳥取県と島根県を合区する案のほか、地方ブロック単位の中選挙区制といった案も浮上してきたが、衆議院選挙の１票の格差と同様、政党や国会議員の利害や地域で抱える事情などが絡み、いまだ解決には至っていない。</p>
<p>投票価値が不平等な状態が積み重なり、１票の重みにより大きな差が生じている状況が１０数年以上も続いているだけに、近い将来、国会の裁量権の限界を超えた違憲と判断されてもおかしくない。１票の格差を是正し、多様な国民の声を反映するための選挙制度改革は、喫緊の重要課題なのである。</p>
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		<title>1.一票の格差がもたらす民主制の歪み</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 01:54:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第16章　国会議員の定数削減を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[２０１１年３月、２００９年の衆議院選挙における１票の格差をめぐる訴訟に対し、最高裁判所は、選出議員１人あたり人口の最大格差2.305倍は、憲法１４条１項の「すべて国民は法の下に平等」に反する可能性が高い、つまり違憲状態に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２０１１年３月、２００９年の衆議院選挙における１票の格差をめぐる訴訟に対し、最高裁判所は、選出議員１人あたり人口の最大格差2.305倍は、憲法１４条１項の「すべて国民は法の下に平等」に反する可能性が高い、つまり違憲状態にあるとの判決を下した。</p>
<p>１票の格差は、民主制の根幹を揺るがす極めて重要な問題である。日本の民主制は、議院内閣制の下、原則として多数決を基本としている。実際、日本国憲法第５６条２項には、「両院の議事は、（中略）出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる」と定められている。たとえ採決の投票数が僅差であっても、国会議員が投じる賛成票が多ければ、その時点で賛成多数となり法案は成立する。だからこそ、国会議員は票獲得をめぐって攻防をくりひろげるのである。</p>
<p>法案の成否を決める国会議員は、「全国民を代表する選挙された議員」（憲法第４３条）である。その国会議員を選ぶ重要なプロセスが選挙。有権者の意思を正しく政治に反映するため、１人１票と平等に参政権が割りあてられている。小選挙区制の場合、各選挙区の議員定数が１であるため、１選挙区あたりの平均人口数になるよう、全選挙区を均等分割できれば問題はない。しかし、人口は決して一定にはならない。そのうえ、地域特性なども加味せざるを得ず、都道府県や市区町村といった行政区域などを参考に区割りを行っている。このため、選出議員１人あたりの人口差は選挙区によって異ならざるを得ないのが現実である。有権者１人が投じる１票の重みを選挙区間で比較したとき、人口数が多い選挙区ほど有権者が投じる１票の価値が小さくなり、人口数の少ない選挙区は相対的にその価値が大きくなっていくのである。</p>
<p>２００９年の衆議院選挙では、有権者数（在外有権者を含む）の最多は千葉４区の４８万９４３７人に対し、最少は高知３区の２１万２３７６人で、この最大格差は2.305倍だった。高知３区の有権者１人が投じる１票は、千葉４区の有権者2.3人が投じる票とほぼ価値が等しいこととなる。つまり、国民の基本的な権利である参政権が同じ１人１票だったとしても、その１票の価値は、結果的に平等に扱われていないことになる。</p>
<p>こうした１票の格差に対し、最高裁は、衆議院選挙での最大格差は３倍までは合憲と判断している。このため、２００９年の衆議院選挙について、最大格差が2.3倍である以上、すでに憲法に違反しているとはいえないとして、最高裁は選挙結果は無効だという原告側の訴えを退けた。その一方で、このまま放置すると将来的に憲法違反になりかねないとして、最高裁は違憲状態とも判断している。</p>
<p>この最高裁判断は、非常に重い。本来、国会が率先して取り組むべき課題に対し、司法から制度を見直すよう警告が発せられたからである。</p>
<p>これまで衆議院では、２倍未満にすることを目指して、衆議院選挙区画定審議会で定数調整などが検討され、国会での審議を経て改正してきた。１９８６年に８増７減、１９９２年に９増１０減、２００２年に５増５減の定数調整を実施している。しかし、政党や国会議員の利害得失が複雑に絡みあうだけに、選挙制度や議員定数の見直しを含めた抜本的改革を先送りにしてきた面は否めない。つまり、今回の違憲状態の判決は、国会が真摯に受け止め、１票の格差是正に真正面から取り組むよう司法からも要請されていることを意味するのである。</p>
<p>また最高裁は、「合理的な期間内にできるだけ速やかに１人別枠方式を廃止し、区割り規定を改正するなどの立法的措置を講じる必要がある」と判決で付言している。衆議院選挙では、小選挙区制定数３００議席を、まず都道府県に１議席ずつ基礎配分（１人別枠方式）し、残り２５３議席を人口に比例して割りあてていく方法を採用している。都道府県の人口数に関係なく１議席が必ず確保できる１人別枠方式を採用したのは、人口の少ない県の定数が大幅削減されることに対する配慮が働いたためである。</p>
<p>ただ、その一方で、地方の人口流出と都市部の人口流入が進むにつれ、１人別枠方式が足かせとなって人口比例に応じた議席配分ができないため、１票の格差がより拡大していく要因ともなっている。最高裁は、１人別枠方式が採用された経緯を踏まえたうえで、「最初の選挙から１０年以上が経過し、もはや（１人別枠方式の）合理性は失われた」と断じている。</p>
<p>政府は、次回の衆議院選挙までに１人別枠方式を廃止し、各選挙区の議席数を調整するとの意向を示している。もはや小手先の区割り調整などでは、人口構成にみあった適正配分は難しいうえ、平成の大合併により選挙区の異なる市町村が次々と合併したこともあり、抜本的な見直しを進めていくことが必要となっている。</p>
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		<title>4.能力・実績重視の人事・給与体系を</title>
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		<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 01:30:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[政策ノート(試案）]]></category>
		<category><![CDATA[第15章　政治から国家経営への転換を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>また、幹部候補のキャリア官僚を中心に、早期退職勧奨の慣行のもと、天下り・渡りが常態的に続けられている。こうした問題に対し、当初、民主党は再就職斡旋の禁止だけでなく「早期退職勧奨の禁止」も主張していた。しかし、政府案では、現行の官民人材交流センターの業務を一部縮小し、再就職斡旋は分限免職時のみとしたうえで、「民間人材登用・再就職適正化センター」と名称変更したのみとなっている。</p>
<p>つまり、表向きには「再就職斡旋を伴う退職勧奨はやらない」としつつも、早期退職勧奨の禁止規定を盛り込まず、実際には続けざるを得ないことを前提に設計している。<br />
これでは、政務三役による斡旋など、天下りの抜け穴を容認するだけで、根本的な解決にはならないだろう。少なくとも、独立行政法人や政策金融機関などの天下りポストの廃止のほか、官僚ＯＢの斡旋を含む天下り・斡旋に刑事罰を科すことで、天下りを根絶すべきである。</p>
<p>またその一方で、早期退職勧奨の慣行を撤廃し、能力・実績にもとづく幹部人事制度改革、民間の給与制度を参考に能力・実績にもとづいて給与が変動する給与体系など、定年まで働ける制度を構築していくべきである。具体的には、給与法の抜本改正により年功序列賃金を見直し、能力・実績にもとづいて階級ごとに毎年最低１割を無条件で降格・給与カットできるようにする。また、５０歳までに管理職に昇格できなければ、５０歳以上の一般職員給与は逓減する仕組みも導入する。これにより、年功序列による昇給を抑えることができる。あわせて、現役官僚の出向を５０歳までに限定すれば、退職を意識した出向、天下りを前提とした出向も抑止できるだろう。</p>
<p>タテ割り行政を排除し省庁への所属意識をもちにくくするため、総合職による一括採用や中途採用の拡大、省庁横断の人事配置、民間の人材育成・評価システムの導入などにより、「オールジャパン」の意識を持った官僚を養成していくことも重要である。社会が複雑化・多様化し、複合的な政策課題も多くなっている近年、もはや一組織内で人材養成するやり方では、時代の要請に応えられないだろう。専門性を有し志をもつ優秀な人材を集められるようにしていくべきではないだろうか。</p>
<p>このほか、国家公務員として従事することが不適格な人員などの整理や、政府全体の総人件費をしっかりと管理するためにも、国家公務員の身分保障を緩和し、機構定数などを弾力化するなどを盛り込んだ「公務員リストラ法」を制定してはどうだろか。<br />
経済や人口などの社会的規模、時代や国民の要請、ＩＴ化による効率化など、政府に求められる役割や規模、実施する各種事業やサービスに必要な人員も大きく異なってくるだけに、政府も必要に応じて民間並みのリストラクチュアリングが実施できるようする必要があるだろう。</p>
<p>なお、こうした国家公務員の身分保障の緩和は、国家公務員に原則、「労働基本権」を付与することとセットで進めるべきである。これまで、国や地方の公務員は、労働者に認められている「団結権」「協約締結権含む団体交渉権」「争議権」の労働基本３権が制約されてきた。まず争議権は公務員に認められていない。それに対し、団結権は一般に認められるが、防衛、警察、刑事施設、消防など国民の生命安全に係わる公務員に対しては認められない。団体交渉権は、一般的に交渉そのものはできるが、現業職員や特定独法職員を除いて給与などの労働条件を労使で決める「協約締結権」については認められない。</p>
<p>このため、労働基本権が制約されていることをタテに、公務員制度の抜本改革、特に民間並みの公務員制度にすることに、官僚たちは抵抗してきた経緯がある。労働基本権の制限は、国家公務員の身分や所得の保障と表裏一体だけに、それ自体が守るべき権益となっているからである。小泉内閣の行政改革推進本部などで、労働基本権のあり方については議論・検討が十分に重ねられており、争議権は引き続き検討の余地があるとしても、少なくとも国家公務員法１０８条で禁止されている国家公務員（非現業、事務次官・長官除く）に対する協約締結権付与は、政治決断さえあれば実現する。<br />
協約締結権を付与することで、労働組合は、使用者側との交渉を通じて団体協約を締結できるようになる。ただし、労使交渉により国民に不利益を被ることがないよう、労使交渉は原則として公開とするとともに、公務員組合のヤミ協定やヤミ専従などを根絶し、違反者は即免職できるようにする。このほか、組合への監査、ヤミ専従に対する刑事罰や個人賠償の導入を検討していくなど、労使関係の透明化を図っていくべきである。</p>
<p>国家公務員制度改革は、一般職員たちのやる気を削いだり、政治家たちが官僚をスケープゴートとしたりするような改革になってはならない。こうした仕組みを導入して民間並みの人事制度にすることで、政務三役を筆頭に、高い志をもった国家公務員が持てる能力を十分に発揮し、日本の発展のために知恵を絞れるようにしていくべきだろう。</p>
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		<title>3. 幹部人事制度の抜本改革を</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Mar 2012 01:47:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>江口 克彦</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[第15章　政治から国家経営への転換を]]></category>
		<category><![CDATA[第五部　国家経営の実践]]></category>

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		<description><![CDATA[また、徹底した降格制度の導入や、事務次官級ポストの廃止など、能力や実績に応じて管理職に登用するための幹部人事制度も実施すべきである。 まず降格制度は、民間人登用や若手官僚を能力や実績に応じて幹部職に抜擢しやすいようにする [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>また、徹底した降格制度の導入や、事務次官級ポストの廃止など、能力や実績に応じて管理職に登用するための幹部人事制度も実施すべきである。</p>
<p>まず降格制度は、民間人登用や若手官僚を能力や実績に応じて幹部職に抜擢しやすいようにするための仕組みである。もし、内閣や所管大臣が民間人を登用したり、若手官僚を抜擢したりするとなれば、すでに幹部職にある者をその職から外すという、降格人事を含めた入れ替えができるようにする必要がある。ただ公務員には、厳格な身分保障があり、よほどの事情がない限り、免職や降格されることはない。このため、政府案では、「次官・局長・部長を同一の職制上の段階とみなし、次官から局長や部長に降格できるようにする」という仕組みを導入するとしている。つまり、審議官・部長以上の職にある者に限って、幹部職を入れ替えすることができるというものである。</p>
<p>しかし、この政府案には、大きな問題がある。まず審議官・部長職にある者は、たとえ業績が振るわなくても課長職以下に降格されない。また、幹部職は数に限りがあるため、幹部職から退職者がでない限り、若手官僚の抜擢人事や民間人登用もしにくい。若手官僚を抜擢人事したとしても、その後、業績が振るわず人事を再検討するにあたり、課長級に降格させることができないとすれば、その官僚は職を追われてしまうこととなる。これでは、突然の抜擢人事に若手官僚は戸惑い、上司の顔色を伺うなど引き受けることに躊躇せざるを得ないだろう。引き受け手がいなければ、年功序列人事・身分制度が維持されていくこととなるのである。</p>
<p>国家公務員の身分保障を緩和し、能力・実績にもとづいた人事を可能にするためにも、政府案のように幹部職員を課長以下と同じ一般職として扱うのではなく、幹部職員への採用にあたっては、厳格な身分保障のある一般職とは別建ての「幹部職」として期限付きで採用すべきである。そして、必要に応じて、部長級以上を一般職の課長級に降格もできるようにするのである。こうすることで、民間人や若手官僚の抜擢人事を可能にするとともに、幹部職にある者は、時の内閣に忠誠を誓い、内閣が推進する政策を忠実に遂行しなければならない立場となるのである。</p>
<p>一方、副大臣や政務官を増員し、各省庁の幹部体制を再整理するうえで、まずは事務方トップの事務次官級ポストを廃止すべきである。民主党政権は、各省庁における政策立案は、大臣・副大臣・大臣政務官の政務三役を中心に政治主導で行っていく仕組みを導入した。これまで各省庁の意思決定は、事務次官ら官僚幹部で構成する「省議」で了承した案件を、大臣が追認するかたちで各省庁の意思決定が行われてきたが、政権交代を機に省議を廃止し、「政務三役会議」を各府省の最高意思決定会議として位置づけたのである。また、政務三役会議に先立って、大臣政務官は事務次官、官房長、局長らとともに準備会合を開き、大臣政務官から大臣や副大臣へ報告するという仕組みに変更した。こうした仕組み変更により、政務三役と官僚の緊張関係が生まれ、相対的に政務三役へ権限が集中することで、責任もって政務三役が意思決定を行う仕組みとなった。</p>
<p>また事務次官等会議を廃止し、重要政策や省庁間の調整について関係閣僚らが協議する「閣僚委員会」を設置するなど、官僚の事前調整のみに委ねず、関係閣僚らが実質的な議論を踏まえて決定することとした。こうしたなかで、事務次官の役割がなくなっている。政治主導を確立するためには、各省庁ヒエラルキーの象徴的存在となっている事務次官の廃止を含む各省庁の幹部体制を徹底的に見直すとともに、政務三役を支える政務スタッフなど政治任用ポストを拡大して大臣官房に登用するといった、政務三役主導の省庁運営を実現させる体制を構築していくべきである。</p>
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